JATCOの目的は、移植コーディネーターの資質の向上であり、それに向けた教育・研究の場を提供することです。
さて、資質の向上とは、どのようなことでしょうか。
1991年にJATCOを立ち上げた故玉置勲初代会長の追悼記事(朝日新聞、平成16年12月27日)に、故玉置元会長の移植コーディネーターの姿が以下のように表現されていました。
「病院を訪れる時は、必ず廊下の端を歩いた。すれ違う医者へ患者への目礼も欠かさない。提供するか悩む家族には移植の意味を数時間かけてねばり強く説明する」
JATCOの礎を作った故玉置元会長のやわらかい物腰と憎めない人柄、そして、臓器提供や移植医療について「説明はするが説得はしない」という姿こそ、移植コーディネーターとして培っていかなければならない大切な資質ではないかと考えます。
新臓器移植法施行を前にし、新役員で新しい時代が築けるよう、今一度原点を確認し、より魅力的な団体になれるよう努力して参りたいと思っております。
2010年活動にあたり
日本移植コーディネーター協議会-「生命(いのち)」と「きずな」を支えて
慶應義塾大学病院 移植コーディネーター
添田 英津子
「移植さえできれば・・・」という願いは、臓器の末期状態にある患者・家族と、その患者・家族を支える医師・看護師などの医療従事者にとって長年の夢でした。なかなか進展がなかったわが国の移植医療の歴史のなかで、さまざまな難問題が忍耐強く研究され、討議された結果として、今日の移植医療があります。
日本移植コーディネーター協議会は、発足当時より移植医療の現場で活動するコーディネーターが参集し、試行錯誤ながらもさまざまな研修会・研究会を開催し活動し、より質の高い移植コーディネーションを提供できるように活動して参りました。現在では、ドナーコーディネーターとレシピエントコーディネーターの両方のコーディネーターが集まる、わが国唯一のコーディネーターの団体です。
移植医療が他の治療と異なる点は、移植を受けるには臓器提供者から臓器をいただかなければならないということです。それは、移植とは、人と人との関係で成り立つという必然的に感情的な治療であることを意味します。患者さんにとっては、移植を受けるか受けないかという決断は、自らの「生命(いのち)」について考えるだけではなく、人と人との「きずな」についても考えることにもなります。大抵の患者さんは、いつ訪れるかわかならない死を意識されながら、孤独に悩まれているわけです。そのような患者さんのお気持ちを受け止めながらも、患者さんの「生命(いのち)」が何とかつながる様にレシピエントコーディネーターは活動しています。
一方で、臓器提供者とその家族がいらっしゃいます。病気や突然の事故で脳死状態になり、生前の意思のもとに臓器を提供なさる脳死/心停止ドナーや、家族のために臓器あるいは臓器の一部を提供なさる生体ドナー、また、自らも移植を受けつつ、ほかの誰かへの臓器を提供されるドミノ移植の生体ドナーもいらっしゃいます。愛するものの死や病気という最悪の状況のなかで、「誰かの喜ぶ顔が見たい」というまったくの善意によって臓器提供が成り立つのです。それは、その方がどなたかと結ぶ、最後の「きずな」になるのかも知れません。ドナーコーディネーターは、そういったドナーの善意が活かされるようにご家族に寄り添いながら臓器提供をお手伝いします。
皆様の勇気から、私たちは「生命(いのち)」の大切さと「きずな」の大切さを感ぜずにはいられません。そして、私どもの役割は、「移植を受けて良かった」「臓器提供をして良かった」と感じていただけるように、移植医療の現場で思いやりのあるコーディネーションを遂行することだと思っています。
2010年、新移植法が施行される予定です。ようやく日本でも欧米並みの移植医療ができるかも知れません。しかし、その前進のためには、これまで以上に「生命(いのち)」を大切にすることはもちろんのこと、「誰かの喜ぶ顔が見たい」と善意で臓器提供をして下さるドナーとその家族との「きずな」に感謝することが大事でないかと考えます。
